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今日初めてここを訪れた方は
こちらから読むと内容がわかります

→ 『Yoshiの物語(前編)』


『後編スタート』

Yoshi「今月いっぱいで出ていきます。」


学習塾の家賃が払えず、そこから出るしかなかった。


少しでも出費を抑えるためにアパートを引き払って塾に住んでいた。


これから1年で最も寒くなる2月を迎える。


塾が無くなれば、寝るとこも無くなる。


通帳には残高数千円の文字。


毎日の食事すらままならない。


マックの80円バーガーや、


夜21時以降に半額になるダイエーの弁当が頼りだった。


アパートを借りる金なんてあるわけがない。


ただただ時間だけが過ぎていった。


ゆくあてもないまま、約束の日がきた。


Yoshi「本当にご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」


ビルのオーナーに謝罪した。


「終わった事はしょうがない。若いんだから、

またやり直せばいい。頑張りなよ。」とオーナーは言ってくれた。


本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


生徒の親はカップラーメン等の食事の差し入れや、


わざわざ家に招待して、ご馳走までしてくれた。


そして、


「またやることがあったら、ぜひ教えてくださいね。」と。


周りに迷惑ばかりかけて、何も出来ない自分が情けなかった。


そして、ついに


家が無くなってしまった。


まさか自分がこんな目にあうとは。


電化製品などの売れるものは


リサイクルショップに売って生活費の足しにした。


服など、生活に必要なものは車の中につめるだけつめて、


売れないものは全部捨てた。


まるで過去を捨てるかのように。


同時にその日から車での生活が始まった。


正真正銘ホームレスだ。


真冬の札幌は-20℃近くになる日もある。


車の中で防寒着を着て寝るのだが、


ずっとエンジンをかけたまま寝るわけにはいかない。


そこで、1~2時間ほど寝ては起きてエンジンをかけて


車内を暖めてはまた寝るというのを繰り返していた。


まさに命懸けだった。


よく凍死しなかったと自分の事ながら恐ろしい。


ただ、寒さもキツかったが、イヤだったのがお風呂。


車に住んでるので、風呂なんてあるわけがない。


冬なので、汗もかかないし、臭くもならないのだが、


さすがに頭が痒くなってくる。


そこで、2~3日に一度、確か360円だったと思うが、


銭湯に行って風呂に入っていた。


昔よくテレビで掃除もしない、風呂にも入らない、歯も磨かない、


いわゆる汚ギャルの番組なんかやっていたが、ある意味尊敬する!


そういや、うちの生徒にも何人かいたっけ(^^;)


シングルマザーの道を選んだ彼女は元気でやってるのだろうか。


時間講師は授業の時間だけ学校に行けばよかった。


バイトも可能だ。


2月の下旬頃から生活と借金返済の為に、


昼は時間講師、



夜はホストの生活が始まった。


昼は学校、夜はすすきの。


学校が終わると3~4時間仮眠を取って、すすきのへ。


朝まで働いて、そのまま酔いをさまして学校へ。


ハッキリ言って、完全に飲酒運転・・・かも。


そんな生活の日々が約1カ月続いた。


身も心もボロボロだった。


3月のある日、母親から電話があった。


平静を装っていたつもりだが、


いつもと違う様子に気付いたのだろう。


母「あんた、大丈夫ねぇ?何かあったらいつでも言いなさいよ!」


その瞬間、


今までこらえていた涙が一気にあふれ出てきた。


そして、学習塾が失敗して借金があることを全て打ち明けた。


どれぐらい話をしていただろう。


母は「そっちに行こうか?」と言った。


ずっと、叱られてしまうと思ってた。


その言葉を聞いて安堵した。


そして、全てが吹っ切れた。


「大丈夫。とりあえず学校の仕事が終わったら帰るよ。心配かけてゴメン。」


母はたった一言だけ


「わかった。」と。


とにかく、嬉しかった。


叱られなかった事ではない。


こんな状況で心配なはずなのに、


息子を信じてくれた事が何よりも嬉しかった。


後日、母親から聞いた話だが親父は僕の事が心配で眠れなかったらしい。


寝言で名前を呼んでは起きていたそうだ。


母親と「今すぐ北海道に行ったほうがいいんじゃないか?」と毎日話し合っていたそうだ。


聡明な母親は北海道までの往復10万の旅費を払うぐらいなら、


そのお金を、僕に渡したほうがいいと説得したそうだ。


結果的に、借金は全て自分自身で稼いで返済したが、


何かあったら家族が助けてくれるという、


気持ちに余裕があったから頑張れた。


両親には心から感謝している。


本当に親不孝な息子だ。


それから2週間後の2003年4月11日、大好きな北海道をあとにした。


講師をしながらホストなんて


ありえない事をしてたなと今更ながら反省している。


多分、今ならワイドショーのネタになってるだろう。


お店でついたお客さんが、


生徒のお姉ちゃんだった時はさすがにビックリしたが(笑)


ホストの話はまたいつかします。


実を言うと意外と楽しかったです。


やっぱり自分には工場の中で同じ事を延々と繰り返してるより、


人と接する仕事のほうが向いている。


3年間愛知県の工場で期間従業員として、働いてみて切にそう思う。


北海道を出る前に、学生時代の友人に逢いに行った。


学生生活を送った思い出の場所。


彼等にもたくさん迷惑をかけてしまった。


しかし、それでも、いつもと


何一つ変わらず接してくれた事が本当に嬉しかった。


そして、餞別代りにジャージをプレゼントしてくれた。


この時の気持ちをいつまでも忘れない。


一生の宝物だ。


小学校で先生をしている親友のN嶋は、生徒にいつもこういってるらしい。


「先生の自慢は友達が多いことだよ」って。


みんなの自慢は何ですか?


僕の自慢は、


大切な家族や友人がいることです。


『過去はかわらない、未来はわからない、今は自分しだい・・・』




今、この事を小説に書いています。


なぜ、僕がここまで変わることが出来たのか?


その本を読んで、Yoshiみたいなダメなヤツでも変われたんだから


『自分だって絶対大丈夫』


そう思ってもらえるように


読んだ人の自信につながるような本にしたいと思います。


お楽しみに♪
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2012.12.16 Sun l ひとり言 l コメント (5) トラックバック (0) l top

コメント

やっほい久し振り(^3^)/

20代にこんなにも色々なことがあったんだね!しらなかったよ!ビックリ!!(T-T)

必死に頑張って頑張って、いろんな経験をしたから、ふところもスケールもでっかくなったんだねぇ\(^o^)/
(態度もデカイけど…笑)

いやぁ 久々に心にズシンときたよ

ありがとう:->

またみんなで集まってのみたいねぇ(*^^*)

それではまたね♪
2012.12.16 Sun l ちさと(^o^)/. URL l 編集
やっほい久し振り(^3^)/

20代にこんなにも色々なことがあったんだね!しらなかったよ!ビックリ!!(T-T)

必死に頑張って頑張って、いろんな経験をしたから、心も強く、ふところもスケールもでっかくなったんだねぇ\(^o^)/
(態度もデカイけど…笑)

いやぁ 久々に心にズシンときたよ

家族や友人や、回りの人に支えられて毎日過ごせることに、感謝感謝だね
本当ありがとう:->

またみんなで集まってのみたいねぇ(*^^*)

それではまたね♪
2012.12.16 Sun l ちさと(^o^)/. URL l 編集
先生確か黄色のスーツで二日酔いのまま授業きてたよね笑。

あとカンニング事件もウケたなぁ笑

リアルグレートティーチャーだったね。なつかしい。
2012.12.16 Sun l 健太. URL l 編集
Re:ちさと(^o^)/
おひさ^^
コメントあざーす!
そうなんですよ。
実はいろいろあったんですよ。
ってか、もっとあったけどね(笑)
こんなんですけど、これからもよろしこm(__)m
2012.12.16 Sun l Yoshi. URL l 編集
Re: 健太へ
コメントあざーす!

> 先生確か黄色のスーツで二日酔いのまま授業きてたよね笑。
黄色じゃなくて、黄土色な(笑)
ホント、あん時は申し訳ないm(__)m

> あとカンニング事件もウケたなぁ笑
さすがに、あれは俺も焦ったわ。
始末書も書いたし(--;)
若気の至りってことで・・・。

2012.12.16 Sun l Yoshi. URL l 編集

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